

深側頭神経は「感覚神経ではなく運動神経」なので、麻酔しても患者さんのしびれは消えません。
深側頭神経(deep temporal nerve)は、三叉神経(第5脳神経)の第3枝である下顎神経(V3)から生じる運動枝です。下顎神経は卵円孔を通過した直後に運動性線維を各筋へ分配しますが、深側頭神経はその咀嚼筋枝群の一つとして分岐します。
分岐後、神経は外側翼突筋の上方を越えて側頭下窩(infratemporal fossa)を走行し、側頭骨鱗部の内面に沿って上行します。側頭筋の深層に達した後、前・中・後の各枝が側頭筋の広い範囲にわたって分布します。
これが基本です。
古典解剖学書(Rauber-Kopsch)によれば、後深側頭神経(N. temporalis profundus posterior)は外側翼突筋の上を越えて側頭筋の後部に至り、前深側頭神経(N. temporalis profundus anterior)は外側翼突筋を越えるか、または貫通して側頭筋の前部へ向かうとされています 。走行のバリエーションが個体によって生じやすいポイントです。
関連)https://funatoya.com/funatoka/anatomy/Rauber-Kopsch/2-52.html
参考文献として、Rauber-Kopsch解剖学に基づく詳細な三叉神経の走行図はこちらで確認できます。
V. 三叉神経 - Rauber-Kopsch解剖学(日本語訳・詳細解説)
深側頭神経は一般に前枝・中枝・後枝の3本が存在し、それぞれが側頭筋の前方部・中央部・後方部に分布します。ただし「3本」は教科書的な整理であり、実際の枝数には個人差があります。意外ですね。
| 枝の名称 | 走行の特徴 | 支配領域 |
|---|---|---|
| 前深側頭神経 | 外側翼突筋を越えるまたは貫く | 側頭筋前部 |
| 中深側頭神経 | 外側翼突筋上縁を越える | 側頭筋中央部 |
| 後深側頭神経 | 外側翼突筋の上を越えて後方へ | 側頭筋後部・顎関節包へも細枝を送る |
注目すべき点として、後深側頭神経は顎関節包(関節包の上部)にも細い線維を分岐させることが古典解剖学で記載されています 。これはつまり、深側頭神経の障害が顎関節領域の機能異常に波及しうることを示しています。
関連)https://funatoya.com/funatoka/anatomy/Rauber-Kopsch/2-52.html
側頭筋は走行上でも広い筋腹を持ち(扇状に側頭骨内面から下顎骨筋突起まで走る)、深側頭神経がその全域をカバーするには複数の枝を必要とします。側頭筋は「顎を閉じる筋」として常に使われる筋であり、この神経の機能低下は咀嚼効率の低下として現れやすいです。
咀嚼筋全体の神経支配を確認したい場合、クインテッセンス出版の咬合学事典も参考になります。
側頭筋 | 咬合学事典 - クインテッセンス出版(側頭筋の支配神経・機能の概説)
深側頭神経の走行において最も臨床的に重要なのが、外側翼突筋との位置関係です。前深側頭神経は外側翼突筋を「越えるか貫くか」という個体差が生じます。
外側翼突筋は顎関節の開口・前突・側方運動に関与する筋であり、TMD(顎関節症)の筋痛部位として頻繁に評価されます。この筋の周辺を走行する深側頭神経の枝が何らかの圧迫・牽引を受けた場合、側頭筋の筋力低下や動作時痛として症状が現れることがあります 。
関連)https://dnmjapan.jp/deep-temporal-nerve/
これは使えそうです。
🔑 臨床的に押さえるべき点を整理すると。
>外側翼突筋は深側頭神経の「通路」になっており、この筋の炎症・肥大が神経に影響しうる
>側頭筋の収縮低下・萎縮がある場合、咬筋神経との鑑別が必要(咬筋神経も同じくV3運動枝)
>深側頭神経は皮膚感覚に関与しないため、しびれではなく「だるさ・鈍痛・噛む力の低下」として訴えられることが多い
歯科臨床で顎機能の評価をする際、側頭筋の触診とともに下顎神経ブロックの効果範囲を把握することが、的確なアセスメントにつながります。
歯科従事者の多くが「側頭部の痛み=感覚神経の問題」と捉えがちですが、深側頭神経は原則として純運動神経です 。感覚支配を持たないため、この神経単体を刺激しても表在的なしびれや放散痛は生じません。
関連)https://dnmjapan.jp/deep-temporal-nerve/
これが基本です。
側頭部の感覚(皮膚)は主に次の神経が担当します。
>耳介側頭神経(V3の感覚枝):耳前方〜側頭部の皮膚
>頬骨側頭神経(V2の枝):側頭部前方の皮膚
>小後頭神経・大耳介神経(頸神経叢由来):側頭後部〜耳周辺
したがって、側頭部の痛み・しびれを訴える患者に対して「深側頭神経の問題だろう」と即断するのは正確ではありません。感覚症状がある場合は、耳介側頭神経・頬骨側頭神経などの感覚枝を疑うことが原則です 。
関連)https://www.quint-j.co.jp/dictionaries/occlusion/20045
一方で「咬む力が弱くなった」「側頭部が重い・だるい」という運動・機能系の訴えがあれば、深側頭神経の関与を考慮する視点が臨床精度を上げます。
このように感覚と運動を明確に分けて考える姿勢が、顎機能評価の精度向上につながります。TMD患者のスクリーニング時にこの区別を念頭に置くと、問診の質も大きく変わります。
深側頭神経とは|解剖・分布領域・筋力低下や顎機能との関連(dnmjapan.jp)
ここでは一般的な解剖学的記述を超えた、歯科臨床現場での実践的な応用視点を整理します。あまり教科書では語られない側面です。
顎関節症(TMD)の診断においてアメリカ口腔顔面痛学会のDC/TMD基準が広く用いられていますが、そのなかで「咀嚼筋の疼痛」評価には側頭筋の触診が含まれています。側頭筋前部・後部での圧痛の有無を確認する際、深側頭神経の前枝・後枝の走行を知っていることで、どの部位の障害が疑われるかを整理できます。
🩺 臨床応用のフレームワークは次のように整理できます。
>側頭筋前部の圧痛・収縮低下:前深側頭神経の障害を疑う → 外側翼突筋との位置関係を確認
>側頭筋後部の圧痛・萎縮:後深側頭神経の障害 → 顎関節包への細枝も関与している可能性
>開口時の側頭部違和感:筋・神経双方の評価が必要。耳介側頭神経との混同に注意
また、注目すべき点としてインプラント手術や外科的矯正手術(上顎骨切り術・下顎枝矢状分割術)後において、下顎神経周辺の解剖変化が深側頭神経の走行に影響することが報告されています。手術前後での咬合力の左右差や側頭筋の非対称萎縮には、この神経の走行理解が役立ちます。
厳しいところですね。
歯科従事者が日常診療でこの知識を活かすためのシンプルなアクションとしては、側頭筋の触診時に前部・中部・後部を分けて評価する習慣を持つことです。触診部位ごとの反応の違いが、神経支配レベルでの障害の局在化に役立ちます。これを記録に残すことで、治療効果の比較もしやすくなります。
顎機能に関する総合的な神経解剖の参照として、済生会の三叉神経関連情報も確認できます。