

よく噛むほど唾液が増える——それだけでは不十分です。咀嚼回数と唾液分泌量は「必ずしも比例しない」ことが研究で示されており、この事実を知らないと患者指導が的外れになります。
関連)https://www.niph.go.jp/soshiki/koku/kk/sosyaku/report/report2009_II_4_Meeting.pdf
唾液分泌には2種類のメカニズムが存在します。ひとつは「条件反射」、もうひとつは「咀嚼—唾液反射」です。
咀嚼—唾液反射では、咀嚼の機械的刺激が歯根膜(歯と顎骨をつなぐ繊維性の膜)に伝わり、そこで噛む感覚をキャッチすることで唾液分泌が促されます。 この反射は「歯ごたえ」そのものに依存しており、自分の歯があってこそ機能します。つまり、義歯装着患者では歯根膜由来の反射が失われるため、咀嚼刺激があっても唾液分泌の反応が鈍くなることがあります。
意外ですね。
耳下腺・顎下腺・舌下腺などの大唾液腺は、咀嚼刺激に反応して大量の刺激唾液を分泌します。 その分泌量は、安静時唾液(0.3mL/分以上)と比較すると、正常な刺激唾液では1.0mL/分以上が目安とされています。
関連)https://www.ebisu-shika.tokyo/blog/2024/04/03/19488/
| 唾液の種類 | 正常値の目安 | 主な誘因 |
|---|---|---|
| 安静時唾液 | 0.3mL/分以上 | 自然分泌 |
| 刺激唾液 | 1.0mL/分以上 | 咀嚼・味覚・嗅覚 |
| 口腔乾燥症の目安(刺激時) | 0.5〜0.7mL/分以下 | 薬物・疾患・老化 |
歯根膜が刺激の起点、大唾液腺が分泌の主役と覚えておけばOKです。
「よく噛みましょう」という患者指導は、一見正しいように見えます。しかし、この指導だけでは不十分なケースがあることをご存知でしょうか。
関連)https://www.niph.go.jp/soshiki/koku/kk/sosyaku/report/report2009_II_4_Meeting.pdf
国立保健医療科学院の資料では、唾液分泌量と咀嚼回数に相関なしという研究結果が紹介されています。 また、新潟歯学会の研究では、煎餅を2分間咀嚼させたときの刺激唾液量と咀嚼回数の間に負の相関があり、「唾液分泌量が多いと咀嚼回数が少ない」という結果が得られています。
関連)https://nds.dent.niigata-u.ac.jp/journal/351/063honma.pdf
どういうことでしょうか?
これは、唾液分泌量が豊富な人ほど食塊が速く形成されて嚥下しやすくなるため、少ない咀嚼回数で飲み込めるからと考えられます。逆に唾液が少ない患者は「いくら噛んでも食塊がまとまらない」状態になり、咀嚼回数だけが増えていく傾向があるということです。
関連)https://nds.dent.niigata-u.ac.jp/journal/351/063honma.pdf
🔑 臨床へのインプリケーション
つまり、咀嚼回数と唾液量は一対一で対応しないということです。
咀嚼刺激単独より、味覚刺激との組み合わせのほうが唾液分泌量が大きく増加します。これは食物咀嚼の研究で繰り返し示されている事実です。
関連)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-02807189/
科学研究費補助金による小児の食物咀嚼研究では、食物を噛まずに「味わっただけ」(粉砕した食物を口内で溶かした場合)でも、通常咀嚼時の約80%の唾液分泌が確認されています。 口の中に入った食物の「味」が、それだけ強力な唾液分泌刺激になるわけです。
関連)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-02807189/
これは使えそうです。
さらに、ロッテ・順天堂大学(小林弘幸教授監修)の研究では、ガムを咀嚼することで安静時と比較して口腔内のIgA分泌が約2.5倍(5分間咀嚼時)に増加することが確認されています。 ガムでは「咀嚼刺激+味覚刺激」が相加的に作用し、タブレット(味覚刺激のみ)や無摂取と比較して、唾液量・IgA分泌の両方で優れた効果が示されました。
関連)https://prtimes.jp/a/?c=2360&r=1472&f=d2360-1472-pdf-0.pdf
味覚刺激と咀嚼刺激の組み合わせが最も効率的な唾液分泌法と言えます。口腔乾燥症患者や唾液分泌低下が懸念される患者への生活指導で、「食べながら味わうことの重要性」を伝えると実践的です。
関連)https://www.ebisu-shika.tokyo/blog/2024/04/03/19488/
唾液分泌量の低下は、患者の口腔内リスクを大きく高めます。数値で見ると、その影響の大きさが改めて実感できます。
米国の研究では、刺激唾液量が1.0mL/分以上の人と比較して0.6mL/分以下の人では、う蝕リスクが2.4倍に上昇すると報告されています。 さらに日本の成人を対象にした研究でも、刺激唾液量が2.5mL/分以下の人は、3.5mL/分超の人と比較してう蝕経験歯率のオッズ比が約1.8倍に上昇します。
痛いですね。
唾液の持つ自浄作用・再石灰化促進・免疫作用・緩衝能がすべて低下すれば、それだけリスクが集中します。 唾液の役割を整理すると以下の通りです。
唾液量の数値だけ押さえれば大丈夫です。刺激唾液が1.0mL/分を切る患者は積極的な介入を検討してください。
▶ 唾液量の違いによるう蝕リスクの差:歯科医向け臨床Q&A(m-dent.net)
ここでは、検索上位にはあまり取り上げられない切り口から考えてみます。それは「咀嚼刺激・唾液量」と「嚥下」の関係です。
関連)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679443366528
CiNii(国立情報学研究所)掲載の研究によると、酸味(0.2M酒石酸)で舌を刺激した後に食物を咀嚼させると、嚥下までの咀嚼回数が有意(p<0.001)に減少しました。 ところが、嚥下までに分泌された唾液量には有意差がなかったという結果が出ています。 つまり、同一の食品を一口分咀嚼する場合には、嚥下に至るまでに分泌される唾液量は「ほぼ一定」であることが示唆されています。
関連)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679443366528
意外ですね。
🔑 摂食嚥下リハビリへのヒント
サクソン法は臨床で定着させやすい簡便な評価法です。 唾液腺機能低下が疑われる患者(シェーグレン症候群、薬剤性口腔乾燥など)のスクリーニングにも有効で、正常値との比較で機能低下を数値的に把握できます。
関連)https://osk-hok.org/gakkainew/ig/h17/kakinoki/kakinoki_kansou_2.htm